sort of day

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引っ越ししました。

お知らせです。
一年間、「sort of vision」と2本立てでブログを運営してきましたが、統合することにしました。新しいブログはこちらになります。

一年間、ここにコメントをくださった方、リンクをしていただいた方、ありがとうございました。あらためてご挨拶にうかがいます。
(記事とログはそのまま残しておきます)
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# by thatness | 2006-08-31 13:56 | 名称未設定断片

夏の海神

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# by thatness | 2006-08-29 17:36 | 写真

アポロ宇宙船のおくりもの

先日の月の話で思い出したのだけれど、ぼくら40代の人間は、アポロ宇宙船の月面着陸をリアルタイムで覚えている世代である。 アポロ11号の歴史的瞬間は日本でもテレビで中継(いまから思うとすごいな...人間の欲望、そこまでして見たいか...)されたが、 アームストロング船長がなかなか月面に降りて来ず、テレビの前で居眠りしたのを覚えている。

ビートルズ世代があるのなら、アポロ世代があってもいいんじゃないのか、 誰も言わないけど。そう...ぼくらが夢中になったのはアポロ計画と(行けなかったけど)万博。 「ビートルズ世代なんてものはなかった」というのはもうすっかり定説だが、アポロ計画に当時の男の子はけっこう夢中になったと思う。 サターン5型ロケットや月着陸船の絵はたくさん描いたし、学習雑誌の付録の模型にも夢中だった。読み物もたくさん読んだ。

なにより燃えた?のが月の石である。

ぼくは負け組(万博に行けなかった組)だったので、勝ち組の自慢話を泣きべそかきながら聴いたのだけど(ホントです)、 数年後、となりの佐賀県の博物館で一般公開されることが決まり、飛びあがって喜んだ。

当時、仲間たちの間では月の石は硬いものにこすりつけると、 その跡が蛍光塗料のように光るという説がまことしやかに流れていた。 説というか、よくよく思い出してみると、それはぼくが仲間に吹いたホラなのだけど...。まあ、なにせ月の石、この程度の嘘でもちょびっとは通用したのだった。

小学校6年のとき、仲間の母親に引率されて実物と対面。 展示ケースの前はものすごい混雑だったが、しっかりと目に焼きつけることが出来た。とてもとても小さくて、黒い塊。
実をいうと、石の表面に雲母のようなものが混じっていて、きらきら光っていたような記憶もある。 しかし、いくらなんでもそんなはずはないだろうから、あとから吹いたホラが記憶に紛れ込んでいる違いない。 「月の石って光るんだぞ、きらきらと。それを夜中にこすりつけると...」。って、背伸びをするから、あとで辛い目に遭うんだよな。

月の石は、万博で浮かれる日本への、アポロ計画からのおくりもの。
それは夢というより、ホラを吹く力を日本人に与えてくれたのだろう。経済、芸術、建築...。 みんな大きなホラを吹きはじめた。空虚で浮き足だった想像力。でも、ほんとうにそれだけだったのか。

宇宙船が、惑星の重力を利用して推進力を得ることをスイング・バイという。 事故でバッテリーを失ったアポロ13号が帰還できたのは、月の重力を利用したスイング・バイが成功したからだった。

小さなホラが、いまもいたるとろで吹かれている。 一発勝負のスイング・バイに期待して、飛び出したもののなかなか戻れない着地点を探している。 しかし、われわれは他人をだますためにホラを吹いているわけではない。ファンタジーに質量をあたえ、「月の石」を一瞬でもかがやかせたいのだ。 ぼくらの脳がほんとうに求めているのは、資本主義の享楽ではなく客体にかぎりなく近いイリュージョンである。

子どもにとってアポロ計画と万博が、まさにそうだったのだから。
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# by thatness | 2006-08-29 17:19 | わたし

月のリズムを!

24日は新月だったそうだ。
先日長崎の「月の美術館」を訪問したとき、館長のヤマサキユズルさんから、新しいことを始めたいのなら新月を選ぶと善い、という話をうかがった。欧米では、結婚式の日取りは新月にすることが多いそうだ。...知らなかった。美術館で企画する個展も、新月の前後からスタートするようにスケジュールを組んでいらっしゃるとのこと。

そういえば、ウミガメが産卵のために上陸するのも、新月の晩ではなかったか。夕方になると散歩の催促でうるさい愛犬も、きのうと今日はおとなしかった。満月の夜はあきらかに興奮気味なるので、月のリズムというのはほんとうにあるのかも知れない。

ぼく自身は、月のリズムと心身のコンディションの因果関係について自覚するところはあまりない。占星術のコラムはけっこう気にするくせに、星座の位置関係や惑星の運行についてほとんど興味を持てない天体音痴である。因果関係があっても、気がつくセンスに欠けていたのだと思う。

人間の文化的なレベルから地球や宇宙空間のレベルにいたるまで、世界にはさまざまなリズムにあふれている。それらのすべてが人間の心身に善い影響をもたらすとはかぎらない。

そもそも、世の中にこうも紛争が多いのは、その民族がほんとうにフィットする暦を使えてないからじゃないか、ということも想像できる。日本や中国は、もともとは太陰暦で時をリズムを得ていた。イスラム世界ではいまも太陰暦は重要だけど、この時代に太陽暦は無視できないわけで、文化的な抑圧を感じながら「二重暦」で生活しているに違いない。

地球上に複数の暦があってもいいじゃないか。
世の中、なんでも互換性を追求するから、対立が起きたときに譲歩する余地がない。
コンピュータは死んでしまうが、人間は気力を取り戻すかも知れないぜ。
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# by thatness | 2006-08-26 14:01 | ある日

小日記

ときどき、古い友人や知人の名前を、グーグルの検索ボックスに打ち込むことがある。こういうこと、みんなやってるのかな。ぼくだけだろうか。

詳しく検索することはしないが、やりはじめると止らなくなって、無駄な時間をつぶしてしまう。しかも、こういうことをやるのは自分が行き詰っている(転機に立たされている)とき。なにかしら発見があっても、後味はよくない。

昨晩、なにげにある知人の名前を打ち込んでみると、リクルート系の出版社のサイトがヒットした。知人は某有名企業で、人事のグループリーダーという役職についていた。高学歴で英語も出来たから当然なのかも知れないが、彼の顔写真を目の当たりにしたとき、正直言っておどろいた。

知人は、ぼくが東京でフリーターをしていたころの職場の同僚だった。
頭は切れるが、感情も切れやすく、暴走すると止らなくなる。物腰は柔らかなのだが、頑固なのである。接客の仕事をしていたのだけれど、同僚や取引先、客とぶつかることも少なくなく、いわゆる尻ぬぐいのようなことをした記憶もある。そんな彼が、有名企業で人事の面接を担当しているのである。高い学歴はあったが、フリーターをしていた当時すでに30代の後半だった。当時の仲間とはまったく交流はないが、みんなびっくりするのではないか。

少々混乱したが...、面接官をしている彼をイメージしてみると、その仕事は存外彼に向いているように思えてきた。接客をしていた彼はあきらかに無理をしていて胡散臭かったけど、面接官ならば、集中力があり、実のある話は真剣に聴ける長所が生かせるのかも知れない。自分の能力を生かせる職場だったら、つまらないことで切れることもなくなるだろう。

彼がどういう経緯でいまの職におさまったのか、大変な努力をした上に希有な幸運に恵まれたのは間違いないだろうが、具体的にはまったくわからない。確実にいえることは、人間のコミュニケーションの能力(と評価)は、環境が変われば反転することもありえる、ということか。

心理学でいうところの「図と地」。
バットマンのトレードマークは、最初は上下に奇妙な突起のある楕円形にしか見えないが、黒い影の部分に着目するとコウモリのシルエットが浮かび上がってくる。おなじようなことが、コミュニケーションの能力についても当てはまるのかも知れない。それは個性が強ければ強いほど、ある意味(彼には失礼だが)トラブルメーカーとしての勇名を轟かせるくらいのでっぱりがあるほど、反転させると大きな能力となる。

自分の輪郭をしっかり把握すること。そこから、自分や周囲を反転して眺める力をつけること。解決の糸口や幸運にめぐりあうための「理論」として、心に刻みつけたのだった。あとは汗をかくだけ...。
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# by thatness | 2006-08-22 14:37 | ある日

右折

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ハウステンボス
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# by thatness | 2006-08-18 16:55 | 写真

バス停

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川棚
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# by thatness | 2006-08-15 14:39 | 写真

instant light

知らなかった。
あのタルコフスキーがポラロイドを撮っていたこと、写真集が2004年に発売されたもののあっという間に完売したこと。

アマゾンの紹介文によると、 タルコフスキーは1979年から1984年にかけて(ということは『ノスタルジア』の制作準備期間とほぼ重なる)ポラロイドを携帯し、 200枚ほどのスナップを残したらしい。 その中から、イタリアの写真家と遺児が共同で60枚をセレクトし、写真集として纏め上げた。 序文はトニーノ・グエッラ(イタリアの詩人・脚本家、タルコフスキー、アンゲロプロス、タヴィアーニ兄弟らと脚本を共同執筆) が書いている。

値段が手頃なこともあって、ずいぶん売れているようだ。ペーパーバックとはいえ、収録されたスナップはほぼ原寸大である (なにせ、ポラロイドなので)。ファンには垂涎のアイテム。好きな方は、ヤフーオークションで法外な値が付く前に、 買っておくことをお薦めします。

スナップは(予想通りではあるけれど)美しいものであった。

ロシア時代のものは家族や自宅周辺の風景、イタリア時代のものは『ノスタルジア』の撮影地や友人たちが被写体になっているのだが、 タルコフスキーが好む茫漠とした外光や室内の逆光線がポラロイドの質感と見事にシンクロして、 神秘と深い感情にあふれる映像がここでも実現されている。
映画という技術がタルコフスキーを待っていたように、ポラロイドもまたタルコフスキーを待っていたのではないか。 写真集のタイトルは「instant light」だが、いったいなにが "instant"なのだろう。"instant"という言葉そのものが、とてもスピリチュアルにきこえてくる。

さらに想像するに、タルコフスキーはポラロイドの質感だけでなく、 撮影したイメージがその場で浮かび上がってくるプロセスにも魅せられていたのではないだろうか。

タルコフスキーは、映画のことを「時間の刻印」といっているが、映画(映像)は時間の記録ではなく、 本質的に時間の創造であるといえるだろう。その瞬間に撮られた自分のイメージも、映画という異化された時間のなかでは変容の素材に過ぎない。 あらたな時間の創造のためには、すべてのイメージが「犠牲」としてささげられる。

ポラロイドに刻印されたイメージが浮かび上がってくるとき、 タルコフスキーは、自分と自分を包み込んでいる「瞬間」が、彼自身のポエジーにささげられるプロセスを目の当たりにしたと思う。 そのリアルタイムの変容は、映画制作のプロセスでも体験できない、ポラロイド独自のものだ。
ましてや、そのイメージの刻印される場は掌にものっかる小さなフレームなのである。 『ノスタルジア』や『サクリファイス』で、深い郷愁をミニチュアで表現した彼には、その小さな映像は特別な訴求力をもったに違いない。 それは彼自身の言葉を借りるならば、「魂のレプリカ」ですらあったろう。

だからぼくは、作品そのものよりも、彼がポラロイドを光に向けシャッターを押し、 フレームにイメージが浮かび上がってくる「その瞬間」の映像を見たかった、とわがままな思いを抱いてしまう。

だってそうだろう。
ポラロイドは、動かない。音声がない。サイズが映画(スタンダード)ではない。 ようするに、イコンが神の似姿であっても、神そのものではないように、それがどんなに美しかろうと映画ではないのだ。 ヴェンダーズの写真は面白いけれど、それが動き出して欲しいと思うまでには刺激しない。タルコフスキーの遺した映像は特別である。

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# by thatness | 2006-08-15 14:38 | 美術_art,photo

名称未設定断片

この空に

太陽は
ふたつもいらない

鳥のほかは
なにも飛ばすな
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# by thatness | 2006-08-11 00:12 | 名称未設定断片

送迎デッキ

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長崎空港
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# by thatness | 2006-08-10 21:23 | 写真