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ベートーヴェン、傑作ではないけれど...。

ベートーヴェンは、その生涯に32曲のピアノソナタを遺した。

創作活動は、音楽家として独り立ちした20代前半から最晩年まで、ほぼコンスタントに続けられていて、 (よくいわれるように)ベートーヴェンの音楽家としての成長過程がわかって面白い。 モーツアルトの場合だと、少年時代に書いた第1番から最後の第18番まで、その天才的な音楽風景はほとんど変化がない。 むろん時代によって作風の変化、成長はあるだろうけど、モーツアルトのみに許されたインスピレーションはどの曲にも淀みなく流れている。
けれどベートーヴェンの場合は、初期、中期、後期と試行錯誤の連続である。 過渡的な作品が数曲つづき、その後どか〜んと傑作を書くが、栄光にとどまらずさらに試行錯誤をしてつぎの頂点を模索する。 その軌跡は、あたかも螺旋階段を昇っていくかが如くである。

最近寝しなに、楽聖が20代半ばに書いた作品10、3つのピアノソナタを聴いている。番号でいうと5番、6番、7番。 モーツアルトを聴いて完全にリラックスするのもいいけれど、適度の緊張感が欲しいよなあというとき、これらの佳曲が実にしっくりくる。
「悲愴」「月光」「熱情」。「テンペスト」「ワルトシュタイン」「告別」。以上、ふたつの3大ソナタに、最晩年の3つのソナタ。 毎日聴いても飽きない傑作だけれど、試行錯誤の時期書かれた過渡的な作品もけっこう面白い。

ベートーヴェンがピアノソナタの分野で「ネクスト」を試行するとき、石井宏さんによるとふたつの方向性がみられるという (バックハウスのCDのライナーノーツ)。ひとつは音楽の規模そのものの拡大で、もうひとつは、規模は古典的な範疇にとどまりつつ内容の新しさを追求したものである。 ハイドンに献呈した作品2の3つのソナタ(1番〜3番)につづく4番のソナタは、規模の拡大を試行した典型的なもので、演奏には約30分かかる。 演奏時間がこんなにかかるソナタは当時まだなかった。いったい誰が聴いたんだろう、と思う。 で、もうひとつの試行にあたるのが作品10の3曲である。 演奏時間は3曲ともおおよそ20分弱だが、中期のベートーヴェンを予感させる情熱的なフレーズ、幻想的な楽想が肩のこらない感じで散りばめられてる。 3曲のうちどれか1曲、じっくり聴いてもいいし、本を読みながら3曲を通して聞き流すのもいい。どちらでもエネルギーを得られる。

好きな演奏は、ダニエル・バレンボイム。くせがなく、聴き易い。

ぼくはベートーヴェンのピアノソナタ全曲をまずバックハウスのディスクで聴いたのだけど、 「熱情」や「ワルトシュタイン」があまりに立派で、過渡的な佳曲は退屈であまり面白くなかった。 つぎにそろえたケンプ盤は歌心にあふれる名演で、印象は好転したもののリズムが重くいまいち。バレンボイムのディスクに出会って、 ようやく愉しめるようになった。
彼の演奏はほんとうに不思議。31曲の中には、どうひいき目に見ても退屈な楽想のソナタもある。 しかしバレンボイムの演奏で聴くと、どの曲もすっと自然に耳にはいってくる。あまりの聞き易さに面食らい、 凡作に厚化粧をほどこしてるだけではないかと疑ったくらいだ。正直、真偽のほどはいまも結論が出ないが、全曲をじっくり楽しむには一押しである。

2番手はグレン・グールド。非常に面白いけど、純粋にベートーヴェンを楽しもうと思って手が出すとやけどする。 アレグロやプレストは猛烈に高速で、アダージョはノン・レガートで押し切る。 天才的なインスピレーションの素晴らしさには脱帽だが、寝しなに聞き流せるような代物ではありません...鼻歌付きだし...笑。 3番手はシュナーベル。ぼくはこの1930年代録音の名演がいちばん好きだが、やはり寝しなのBGMには向かない。
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by thatness | 2006-02-26 21:17 | 音楽_classic
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