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instant light

知らなかった。
あのタルコフスキーがポラロイドを撮っていたこと、写真集が2004年に発売されたもののあっという間に完売したこと。

アマゾンの紹介文によると、 タルコフスキーは1979年から1984年にかけて(ということは『ノスタルジア』の制作準備期間とほぼ重なる)ポラロイドを携帯し、 200枚ほどのスナップを残したらしい。 その中から、イタリアの写真家と遺児が共同で60枚をセレクトし、写真集として纏め上げた。 序文はトニーノ・グエッラ(イタリアの詩人・脚本家、タルコフスキー、アンゲロプロス、タヴィアーニ兄弟らと脚本を共同執筆) が書いている。

値段が手頃なこともあって、ずいぶん売れているようだ。ペーパーバックとはいえ、収録されたスナップはほぼ原寸大である (なにせ、ポラロイドなので)。ファンには垂涎のアイテム。好きな方は、ヤフーオークションで法外な値が付く前に、 買っておくことをお薦めします。

スナップは(予想通りではあるけれど)美しいものであった。

ロシア時代のものは家族や自宅周辺の風景、イタリア時代のものは『ノスタルジア』の撮影地や友人たちが被写体になっているのだが、 タルコフスキーが好む茫漠とした外光や室内の逆光線がポラロイドの質感と見事にシンクロして、 神秘と深い感情にあふれる映像がここでも実現されている。
映画という技術がタルコフスキーを待っていたように、ポラロイドもまたタルコフスキーを待っていたのではないか。 写真集のタイトルは「instant light」だが、いったいなにが "instant"なのだろう。"instant"という言葉そのものが、とてもスピリチュアルにきこえてくる。

さらに想像するに、タルコフスキーはポラロイドの質感だけでなく、 撮影したイメージがその場で浮かび上がってくるプロセスにも魅せられていたのではないだろうか。

タルコフスキーは、映画のことを「時間の刻印」といっているが、映画(映像)は時間の記録ではなく、 本質的に時間の創造であるといえるだろう。その瞬間に撮られた自分のイメージも、映画という異化された時間のなかでは変容の素材に過ぎない。 あらたな時間の創造のためには、すべてのイメージが「犠牲」としてささげられる。

ポラロイドに刻印されたイメージが浮かび上がってくるとき、 タルコフスキーは、自分と自分を包み込んでいる「瞬間」が、彼自身のポエジーにささげられるプロセスを目の当たりにしたと思う。 そのリアルタイムの変容は、映画制作のプロセスでも体験できない、ポラロイド独自のものだ。
ましてや、そのイメージの刻印される場は掌にものっかる小さなフレームなのである。 『ノスタルジア』や『サクリファイス』で、深い郷愁をミニチュアで表現した彼には、その小さな映像は特別な訴求力をもったに違いない。 それは彼自身の言葉を借りるならば、「魂のレプリカ」ですらあったろう。

だからぼくは、作品そのものよりも、彼がポラロイドを光に向けシャッターを押し、 フレームにイメージが浮かび上がってくる「その瞬間」の映像を見たかった、とわがままな思いを抱いてしまう。

だってそうだろう。
ポラロイドは、動かない。音声がない。サイズが映画(スタンダード)ではない。 ようするに、イコンが神の似姿であっても、神そのものではないように、それがどんなに美しかろうと映画ではないのだ。 ヴェンダーズの写真は面白いけれど、それが動き出して欲しいと思うまでには刺激しない。タルコフスキーの遺した映像は特別である。

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by thatness | 2006-08-15 14:38 | 美術_art,photo
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