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地上の歩き方

頭の回転がのろいせいか、詩を書くのにいつもものすごい時間がかかる。 しかも長いものが書けない。 サイトにアップしている作品「地上の歩き方」は、100行以上の詩を半年以内で書き上げよう、 中身はどうでもいいから(ホントにそう思ってました)なにがなんでも100行という明確な目標のもとに書いた。 仕上がるまでに10ヶ月以上もかかってしまったけれど、そのかいあっていいものが出来たと、密かに思っている。

ある日、思いたってGoogleに「地上の歩き方」を入力し、検索をかけてみた。

42億のウエブページの中からヒットしたのはわずか7件で、そのうち6件がこの作品関連のページ。 意外と少ないのでおどろいた。「地上の歩き方」なんてナンセンスなフレーズだけど、シンプルではあるし、 同じようなアイデアでなにか考える人はほかにもいるのではないかと考えていたのに...。

残りの一件はなにかというと、実はバードウオッチングのサイト。

野鳥を識別するために、鳥たちのの「地上の歩き方」を観察するという方法があるらしいのだ。なるほどね。 鳥は空を飛ぶ生き物だから、地上の歩き方という表現はナンセンスではない。 逆にいうと、鳥の場合は「空の飛び方」というのがナンセンスになるのだろうか。 人間が考えるほど、鳥も自由ではないのだろう。 しかし、そもそも自由って...ぼくの云い方でいえば「(思い通りの)地上の歩き方」になるけれど、それってなんだ。

「この半世紀以上、日本人は自由ということの意味を取り違えてきた私は思っている。 自由とは束縛を免れた状態と多くの人がとらえてきたが、実は自由とは使える技が多いことではないだろうか。 (中略)技の選択肢が多いほど、プレイは自由自在になる。モーツアルトがピアノの技術に習熟していなければ、 ピカソが絵画の基礎技術を身につけていなければ、あのような大成は望めなかっただろう」 (『自分を生かす極意』齋藤孝 マガジンハウス)

絶対音感のない大作曲家もいたし、美術館の警備員から抽象画の大家になった画家もいるので、一概には基礎技術がすべて、 とはいえないけれど、自由イコール束縛を免れた状態、ではないとぼくも思う。 ピアノが弾ける自分が「自由な自分」であるのなら、楽譜が読めて自在に打鍵ができなければならないだろう。 小説を書く自分が自由であるのなら、言葉による描写や物語の叙述する技量を身に付けなければならない。 自由に生きる人生とは、勝手気ままに生きることではないのは間違いない。

しかしながらぼくはいまだに、「曲がりくねった混沌を、ためしにまっすぐ歩いている」。 使える技としての、自由がないわけじゃないが、それが自分の生活を支えるほどのものになるまでは至っていない。 ぼくに出来るなにかが、ほんの少しでも誰かのお役に立つこと、そのことを信じて一歩ずつ歩いていくしかない。 誰かにきっと求められている...と信じるとき、ぼくは「自由」を感じている。
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by thatness | 2004-06-28 14:24 | わたし