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<   2004年 10月 ( 2 )   > この月の画像一覧


武田花『猫・陽のあたる場所』

金曜日のこと。
職場の外を日なたぼっこしつつ、相棒とつらつら散歩していると、子ネコがもそもそと垣根を越えて近づいてきた。 真っ白な毛にぶちが混じっている生後2ヶ月くらいのチビで、人間にとてもよく慣れている。 どこかでエサをもらっている飼い猫にまちがいない。 かわいいし、毛並みも手入れされていて清潔なので抱き上げ、相棒の膝の上にのせてやる。 すると「びええ〜」とものすごい声を出されてしまった。「恐い恐い恐い」のだそうである...あはは。 どうしてかと訊くと、かわいく見えても突然引っ掻いたりするからいやなのだそうだ。なあるほど...。 それでも「初めてネコ、撫でました!」とまあ、ちょっと興奮気味によろこんでくれて、ぼくもうれしかった。

それにしても、ネコはの気まぐれさは、なんともいえず愛おしい。 通勤途中、ぼくに撫でてもらうのを(ほぼ)毎日待っているタマというネコがいる。 いつものように抱き上げようとした瞬間、手の甲を引っ掻かかれてしまった。発情期だったのだ。 ネコはいつもこんな風なので、いっしょに暮らしたいとは思わない。 けれど、目の前までこないとわからない行動パターンが、予想のつかない未来を象徴しているようで、面白いことは面白い。 遠くから眺める風景の中の一部として、ぼくはネコを愛している。

武田花さんの写真集『猫・陽のあたる場所』(現代書館)を、福岡の古本市で手に入れ、 しばらく愛読してきた。廃れきった裏通りのそこかしこ、ネコが写り込んでいる。 よくもまあ、こんなところに、と笑いを禁じえない場所にネコがたたずんでいる。 風景にすっかりとけ込み、目を凝らして探さなければわからないときすらある。 凛としたリアリズムと媚びないセンチメンタリズムが素敵な写真集だ。さりげなく添えられた短文もとてもいい。

一枚の写真から、いろんな風景の貌(かお)が見えてくる。
ということは、ぼくたちはふだんからひとつとして同じ風景を見ていないということなのである。 ネコという生きものが教えてくれるのは、世界はひとつではないこと、生きる人間(というより生きもの)の数だけ、 無数にあるということなのだ。
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by thatness | 2004-10-30 15:20 | 美術_art,photo

エリック・サティのvexation

ピアノ曲、"vexation"(ヴェクサシオン)。
曲名は、フランス語でいらだちという意味だそうである。

まあ、有名なので、知っている人にはなにを今更ということになろうが、 この曲、譜面どおりに演奏すると約19時間弱かかってしまう。 ギネスブックにも世界最長の曲として認定されているとか。 といっても、辞書みたいにぶ厚い譜面ではない。 曲そのものは26拍しかなく、そのフレーズを840回、 レントで反復するように指示がしてある。まさに「いらだち」なのです。

実は、この曲のレコードを持っている(笑)。

オランダのラインべルト・デ・レーウという音楽家が演奏したもので、 さすがに譜面の指定通りの回数は収録されていないが、 A面とB面あわせて35回、 約50分の「いらだち」を楽しむことができる。 これを両面24回かけつづけると世界最長の音楽を聴くことが出来るはずだが、もちろん試したことはない。

サティという作曲家は、こういうことばっかりやってきた人である。 音楽の歴史や権威をユーモアのセンスでひっくり返そうとする。その発想が支離滅裂ではなく、 その後の音楽の方法論を拡張してきたところがすごい。 しかしながら残念なことに、その後の時代のサティ的音楽は、 癒しの要素とかの「いいところ盗り」で、そのラジカルな本質的部分を避けてしまっているようだ。 考えてみてください。"vexation"を、サティは最初から最後まで、 まともに聴いてもらおうとなんて端から考えていない。それはすごいことです。 80年代にはいってから国内外ですぐれたアンビエント(環境音楽)のレコードが制作されたけれど、 あまりに音が美しくてついつい聴き込んでしまうものが多い。 それはとどのつまり、プロ(商業主義)の音楽だからといえる。 アーチストの存在証明がかかっているのだ。(ケージも、イーノもその例にもれない)  サティはそういうアーチストエゴをも超越している、本物の先駆者である。まさにデュシャンがそうであったように。

それにしても、流れてくる音楽を「聴かない」ことのなんと難しいことか!
こんなもの無視していいんだよ、という芸術なんてほとんどない。 音楽の世界でこんな発想をしたのはサティとモーツアルトくらいではないか。 彼らの書いた諧謔性豊かな作品は、われわれではなく、もっと先の時代の音楽性を見据えているのかもしれない。

ちなみに、先にご紹介したレコードであるが、 演奏者のデ・レーウはサティ顔負けのユーモアを演奏に仕掛けている。おわかりでしょうか?  演奏回数はA面とB面あわせて35回。...ということは奇数ですね。つまり表と裏、 どっちかで1回多く弾いているはずだけど、まったく同じテンポで弾いているのでわからない。 演奏時間もA面で26分31秒、B面は26分30秒、と誤差は1秒。 ということになると、これはあきらかに意図的ですね。さて、どっちの面で1回多く弾いているのか?  まさに「いらだち」との戦いになってしまいますが。(まあ、CD化されて意味がなくなってしまったわけだけど)

サティも面白いが、デ・レーウという演奏家もたいしたひとです。
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by thatness | 2004-10-21 15:19 | 音楽_classic