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<   2004年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧


日本語で遊ぶぞ

風邪をこじらせて父が入院してしまった。

父は肺気腫を患っており、肺活量が一般の成人男性のおおむね20%程度しかない。走れなかったり、坂道を歩くと息切れがひどい。 それでも酸素吸入器を常備するほどではなくて、日常生活にもあまり不自由していない。 ただ、風邪をひいて肺炎なるとヤバイので、大事をとって入院をするわけだ。検査で異常がなければ一週間程度で退院できるだろう。

その他にも、くわしく書くのは避けるが、感覚器官を中心に、父はからだの機能がどんどん衰えている。 姪っ子たちからは「おじいちゃんは、座イスに坐っている姿しか見たことがない」などと揶揄されていた。 勉強家でお酒も大好きだった元気な父を知っているので、朝から晩までぼんやりテレビを見ている彼の姿を見ると情けないような、 哀しいような気分になることもある。ぼくも母も、ついつい父に運動不足だの物忘れがひどいだの、 人と会うのを億劫がるなだの、小言をいってしまう。いつもへへへと笑って聞き流しているが、たまにキレる...。

人間は、痛みや異常を感じないかぎり、自分のからだを意識するということがない。 それが健康というもので、父は息苦しさだけでなく、からだの機能の低下をつねに意識して生活しているはずで、 それを意識したくなければ何もかも忘れてぼんやりするしかない。さすれば何事にも意欲というものがなくなり、 筋力も落ちていって、数年後は寝たきりになってしまう、そんなシナリオを母と話しあったりもしていて、 何とかせねばと思ってはいる。
それも、ぼくと母がずっと同居して、どちらも健康が保障されればという前提で成り立つ話。 何かあったらシナリオは練り直さねばならないだろう。

実はいま、突飛なことを考えている。

父のまえで詩を朗読してみようと思うのである。自作の詩はもちろん、近代詩やわかりやすい現代詩なのを。 何度かつづけて、面白く聞いてくれたなら、父にも朗読していもらおう。背筋を伸ばし、お腹から大きな声を出してもらう。 五目並べとかオセロゲームとか、何度かすすめてみたけれど駄目であった。リハビリの匂いを嗅ぎつけられたのである。 それはそうだろうなあ、と反省している。

ぼくは齋藤孝という方の腰肚文化論というのが好きで、臍下丹田呼吸や日本語の朗読を一昨年から実践するようになった。
朗読や、意識を集中した上での深呼吸は、バラバラになりがちな脳と身体を一本化してくれる効果があるように思える。 椅子に座っているときも、立っているときも、重心が低くなっていって、心身が落ち着くのである。

人間、誰しも長生きしたいなあと思うだろう。しかし漫然とした一般論ではなく、 ワクワクした気持ちで長生きしたいなあ思わなければ、本当に長生きはできないのではないか。 母はよく「孫がお嫁に行くまでは長生きするぞ」と言っている。父からもそんな言葉が自然に出てくるようになって欲しい。 そのために、ぼくに出来ることがあればやってみたい。とりあえあず、日本語で遊んでみるか。少しでも、 「リハビリだろ?」と思われたら止めるけど。
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by thatness | 2004-12-15 15:00 | ある日

中央アジアの草原にて

心を病んだ少年いた。
奇跡的に彼を救ったのは音楽療法。
使われた曲はボロディンの『中央アジアの草原にて』。
何度聞いても聴いて広がる安らぎと希望を、
ソビエト共和国社会主義連邦の、ど真ん中。
地平線まで続く草原にねころがって、体感したいと願う。
音楽と、作曲家に霊感をあたえた大自然に、
感謝の思いをささげたいと思う。
大学は中退。
バイトでトラックのハンドルを握る日々。
下り坂。遠近法の消失点。
かがやく水平線が、中央アジアの地平線に見える。
少年はかの地へは行けない運命にあるのだが、
自力で生きていく意志と力をいつのまにか獲得している。

...という短編小説を書きあぐねている友人がいた。
大学時代のこと。80年代だ。
同級生で企画していたソビエト旅行が、事情があって頓挫。
せめて小説にでも、というわけである。
友人から小説のアイデアを聞かされたとき、
物語に女っ気がないのが物足りなかったが、悪くはない。
まあまあいい感じじゃないのか、と期待した。
ところが友人は病にぶっ倒れて入院、
執筆どころではなくなってしまった。
無念だったろう、といいたいところだが、
何事にも三日坊主な友人はケロリとしていて、
「小説は止めた。詩にする。書いたら手紙で送るわな」
と、嘯いて終わりだった。

そして、おととい友人から詩が送られてきた(笑)。
あれからもう、たっぷり20年はたっているのに。

++
「中央アジアの草原にて」 ヨウジロウ

美学生だったころ
8ミリ映画を作った友人たちがいた
シナリオをシクくんが書き
ツージーが監督をし、
ターサンがカメラを、
ワンがプロデューサーをやった
主役にはリーダーやクラモトが出た

遠く中央アジア、タシケント、
サマルカンドへと
旅立つ
オザキ ワシオ エスケープした私を
モデルにした映画だった

別府湾の海と中央アジアの風景が
オーバーラップするイメージがあった
今、映画をつくったみんなに感謝したい

++

そうなのです。
病に倒れた友人のアイデアを、
本人になんの断わりもなくいただいて、
ぼくらははじめての映画を作り上げたのでした。

ぼくの大学生活で、これはやったぞ、と唯一いえるのが映画。
そのきっかけをくれた友人からの20年ぶりのオマージュ。
ヨウジロウ君、ぼくのほうこそ、君に心から感謝しています。
「中央アジアの草原にて」。

小説のほうは、いつ出来ますか?
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by thatness | 2004-12-15 14:58 | わたし

知られざるイコン画家、山下りん

NHKの新日曜美術館が好きである。
毎週欠かさず見ているわけではないけれど、好奇心をそそる特集であれば録画して暇なときに再生する。 とくに現役画家のアトリエにカメラが入り、製作過程を追ったプログラムが面白いが、そうでないものもじゅうぶん楽しめる。 疲れて神経衰弱に陥ったときなどの、気分転換にもちょうどいい。

今年の6月頃録画して、ほったらかしていたプログラムを日曜日の午後に再生した。 山下りん(1857〜1939)という、明治から大正期にかけて活躍した女性洋画家の特集である。 とはいえ、一般的にはほとんど知られていない画家ではないのかと思う。ぼくもまったく知らなかったし、 新聞のテレビ欄に「日本初の聖画(イコン)画家」というようなサブタイトルがなければ、録画せずにやり過ごしていたにちがいない。

ビデオを見て、びっくりした。知らないことだらけで。

まずもって、日本人にイコン画家がいたなんで知らなかった。 しかも女性で、それが山下りんなのだけど、彼女は最初に西洋絵画をアカデミックに学んだ (工部美術学校、イタリア人フォンタネージに学ぶ)日本女性でもあったという。びっくり。
フォンタネージはバルビゾン派の画家であったらしく、 りんは最初、緻密で正確なデッサン、油絵の具の自然な色彩感覚など、近代絵画に欠かせない技法をいろいろ学んだようだ。 その間に、ロシア正教のニコライ大司教と邂逅、その人柄を慕って正教会に入信する。フォンタネージの帰国後、 ニコライ大主教の勧めでサンクトペテルブルグの修道院へ留学、イコン修得を志す。 明治時代、女性一人でロシアへ。へえぇ、であった。

正教会の歴史的イコン、実物はあまり見たことはないがいいと思う。
実物をある展覧会でみたこともあるが、ビザンチン文化のイコンは、イタリアルネサンスの聖画とは全然ちがう。 遠近法もリアリズムの人物表現もないけれど、 聖人たちの表情や目は非常に神秘的で、画面構成は(現代人の目には)大胆でシュールですらある。 おそらく何百年も信者の祈りを浴びつづけてきた画面からは、絵の善し悪し以上の、 スピリチュアルなエネルギーが波動のように伝わって来る。 イコンはルネサンス絵画のようにでっかくはないけれど、見て心を動かされないひとはいないと思う。

りんはしかしながら、イコンの技法(というか、精神)を理解できずに、修道院で悶々とした日々を送る。 これも初めて知ったのだけど、イコンというのはすべて過去の作品の「模写」なのだそうである。驚いた。 神の御心を絵にあらわすために、画家はそのまま神の筆先とならねばならない。 新しいテーマや自分なりの構図、色彩、すべて許されないのだという。 イタリア絵画を学んだりんには、辛かっただろうなと思う。 いたたまれずに、こっそりエルミタージュでルネサンス絵画の模写などもやっていたようだが、見つかって禁止されてしまう。 2年後、りんは修得半ばで日本に帰国。 イコン制作にも幻滅して、ニコライ大主教に「愚か者」とまで言われてしまう。「絵に描いた」ような挫折であった。

明治、大正時代、多くの優秀な日本人が海外へ旅立っていった。 野口英世やオペラ歌手の三浦環のように、欧州で成功をおさめたひともいるが、挫折して失意のうちに帰国したひとも多くいただろう。 たとえば漱石のように。
しかし、挫折の経験が、日本人としてのアイデンティティに気づく契機になったり、 自分の才能の再発見につながり大成する場合もあるのではないかと思う。

山下りんは、数年のブランクの後に立ち直り、イコン画家として創作活動を再開したようである。 日本全国の正教会のためにイコンを描きつづけ、その数は数百点にのぼるという。
りんは帰国後悩み、自分の生きる道を模索したのだと思う。 番組のゲストに出演していた学者の方は、「りんは最初、ニコライ大主教への尊敬の念から正教会へ入信したが、 その後、時を経てほんとうの信仰心に目覚めたのだろう」とおっしゃっていた。たぶん、そうだろうなと思う。 当時、イコンを描ける日本人は彼女一人であった。布教によってふえる教会のために、 自分の使命を果たさねばならないと思っただろう。 洋画家として成功して名を成すより、イコン画家として敬虔な市井な信者のために神の筆先になる。 そこに彼女なりのほんとうの「自由」を発見したのだ。それは社会的な価値では計れない、 その人なりの最良の幸福の道であるといえる。

彼女の絵のほとんどは美術館にはない。 いまも日本各地の正教会で「現役」のイコンとして信仰の対象になっている。 その絵は、ビザンチン文化の伝統にのっとったというより、素朴で、色彩も明るくて、親しみやすい感じがした。 テーマや構図は、やはり正教会の規範にのっとったものらしいけど、絵の中に日本語やロシア語の文字も入っていたりして、 それがまた現代美術のように見えてしまうから面白い。なんとなく、横尾忠則さんの作品を思わせたりもする。

新約聖書の『福音書』のなかに有名な「種まきのたとえ」がある。 「種をまく人が、種をまきに出かけた。まく時に、あるものは道ばたに落ちた。 踏みつけられたり、空の鳥が食ったりした。またほかのものは岩の上に落ちた。 (中略)またほかのものは茨の中に落ちた。(中略)またほかのものは善い地に落ちた。 生えて育って百倍の実を結んだ」ルカ福音書・岩波文庫より

ここでイエスは種を神の言葉に、地を人の善き心、忍耐強い態度にたとえている。 つまり信仰は、正しい心の中にしか育たないということである。山下りんは、最初から善い土とはいえなかったのかも知れない。 しかし時とともに経験を積み、熟成し、最終的には意志の力で善き土になったのだ。

種は、善い土であればその色を選ばないはずである。 山下りんという女性の生涯に、宗教が本来持つべき寛容さを感じるとともに、 百年後、二百年後、彼女のイコンがどれほど輝いているか、想像するだけで楽しくなる。

最後にもうひとつ、この番組で知ったこと。
日本には、いまでも正教会があったのですね...。日本のキリスト教団には、 カトリックとプロテスタント、あとはモルモン教くらいしかないのだと思ってました。 神田のニコライ堂も、いまはただの「文化財」だと思っていましたが、日本正教会の本山であるという。 公式サイトもちゃんとありましたし、へえぇ、というよりは無知を反省、反省なのです。
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by thatness | 2004-12-13 15:23 | 美術_art,photo

贅沢なり欧羅巴、ゲオルギューとショルティの『椿姫』

もう先々週になるが、ヴェルディの歌劇『椿姫』をDVDで見た。
1994年、コヴェント・ガーデン・ロイヤルオペラハウス(英国)でのライブ。指揮はゲオルグ・ショルティ。 キャストは、ヴィオレッタ(椿姫)にアンジェラ・ゲオルギュー、恋人のアルフレードにフランク・ロバード、 アルフレードの父ジョルジュにレオ・ヌッチ...という面々。

このDVDについて、なにか書きたい、書かねばと思いつつ、2週間なのである。 言葉を捻りだそうとしても、まるで中世の大聖堂の穹窿を見上げたように (いや、欧州には行ったことがないので、阿蘇の火口を見下ろしたときのように、と代わりに言おう)、 ただただ圧倒されて言葉が出てこない。贅沢きわまりない2時間であった。

『椿姫』は絵に描いたような悲劇のドラマである。
舞台は18世紀のパリ。ヴィオレッタは裕福な老侯爵をパトロンに持つ「プロの愛人」である。 豪華な家を与えられ、夜な夜な貴族たちが集まっては享楽的な宴を繰り広げているが、 重い結核を患っていてあまり長く生きられそうにはない。そこで出会ったのがプロヴァンス出身のハンサムな青年貴族アルフレード。 2人は恋に落ちて駆け落ちするが、互いに世間知らずゆえ経済的に困窮。 アルフレードの父親にも隠れ家を見つかって仲を引き裂かれ、失意のうちにヴィオレッタは衰弱して死んでしまう。

というわけで、ドラマそのものは単純である。敵役も三角関係もないので、感情的な葛藤も浄化もない。 モーツアルトのために台本を書いたダ・ポンテのほうがはるかにドラマツルギーにはすぐれているのはいうまでもない。 しかしながら『椿姫』には、背筋が凍るような業といってもいいような深い感情が流れていた。 それはまさにヴェルディの音楽の深さだろうけど、舞台で展開したような不幸で理不尽な出来事が、 絵空事とは思えなかったということもある。ヴィオレッタのようなプロの愛人、 ようするに高級娼婦と呼ばれる女性たちは実際にいて、ドミ・モンドと呼ばれていた。 甘い悲劇のメロドラマではあるけれど、嘘はないのである。

しかしながら、まさにそこに戸惑ってしまう。音楽と舞台に酔いしれる自分がいる。 けれど、こんな悲劇的なドラマを贅沢に楽しんでいいのか、ということである。 オペラ(とくにイタリア)はやはり、文学ではないのだなと思う。 人間の在りようや感情を学ぶのではなくて、高級ワインように味わい尽くす。不幸も悲劇的な運命も...。甘美でありながら残酷なのだ。

日本にも歌舞伎や人形浄瑠璃の伝統がある。その方面は(恥ずかしながら)全然知識も感受性もないけれど、 溝口健二の映画でその世界の一端に触れた体験はある。そこには深い人間観察とドラマツルギーはあるが、 エネルギーのベクトルが違う。『西鶴一代女』は、観客を田中絹代と同じ不幸のどん底に引きずり込むのに対し、 オペラはそれすら甘美な感情に転換してしまう。オペラが贅沢三昧の、 貴族のための文化であったことを思い知らされてしまうのである。

それでも『椿姫』は素晴らしい。有名な「乾杯の歌」、アルフレードの父が息子に切々と歌う「プロヴァンスの海と土」。 ヴェルディという人間が、才能のすべてを音楽に捧げて練り上げた「真善美」がそろっている。 特権階級の享楽と社交に供した以上のものが、存在するのではなかろうか。 どうしていままで、こんな最高の音楽があることに気がつかなかったのか。 そういえば、義務教育ではドイツ音楽ばかり学習させられてきたっけ。 歌曲もシューベルトだったし...。教えられたイタリアの音楽といえば、ヴィヴァルディの『四季』か「サンタ・ルチア」。

実をいうと、本格的にイタリアオペラを鑑賞したのは今回が初めてである。(知ったふうなことを書いてきて、申し訳ないです...笑) 十年以上かけてこつこつモーツアルトを聴いてきたように、イタリアオペラを聴いていこうと心に誓ったところ。贅沢ですか?

最後に、このDVDでヴィオレッタを歌ったアンジェラ・ゲオルギューについて。彼女は、すごいです。歌唱力と、その美貌...。 コヴェント・ガーデンのような一流のオペラハウスで主役を張るには、それなりの名声と実力が不可欠。 というわけで、役は10代、20代の娘なのに歌手は厚化粧の40代、50代...という事態になってしまう。 それはある程度しょうがないし、未熟な若い歌手よりは歌唱力のあるベテランのほうがいいに決まっているので、 DVDで見てもあまり気にはならない。

しかし、ゲオルギューが歌う(演じる)ヴィオレッタはまったく美しい。 連想するのは、『椿姫』から想を得たと思われるカポーティの『ティファニーで朝食を』である。 ゲオルギューは映画化された『ティファニー...』で主役を演じたヘップバーンみたく、輝いている。 (そういえばヘップバーンも『マイ・フェア・レディ』というミュージカル映画に主演したが、歌は吹き替えだった) ゲオルギューのヴィオレッタは、この公演の3年後鬼籍に入る指揮者ショルティの大抜擢によって実現した。 2人は、音楽というきずなで結ばれた一期一会の「老侯爵と椿姫」であった、といえるかも知れない。
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by thatness | 2004-12-05 15:22 | 音楽_classic