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明日が待ち遠しいぞ。

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皆さま、よいお年を。
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by thatness | 2005-12-31 02:40 | 写真

山崎まさよし 10th Anniversary LIVE [ARENA2005]

ぼくは山崎まさよしが大好きである。大好きなのである。

今年のデビュー10周年記念イベントの最後を飾るコンサートツアー「アリーナ2005」に行って来た。 12月10日、マリンメッセ福岡。席はアリーナの6列、21番。ステージ正面で歌う山崎からは距離にして20メートルくらいだったろうか。 今年はコンサートの席運が特によかったが、まさか(ファンクラブ先行発売とはいえ)こんないい席が転がり込んでくるとは思いもよらなかった。 今年の運をうまく使い果たしたというべきか、あるいは来年の運まで前借りしてしまったというべきか...。

ツアーは11月から始まっているので、ネットをうろうろしていると事前の情報はどんなに耳を塞いでも入ってくる。 中村キタロー、江川ゲンタと組むいつものトリオバンドにストリングスが付いていること。 一部の曲だけではなく、コンサートの頭から最後までサポートしていること。

この情報に、ぼくはあまりいい印象を持てなかった。大貫妙子や佐野元春に、ストリングスを前面にフューチャーしたアルバムがある。 ある程度キャリアの積んだアーチストは、しばしばこういうことをやりたがる(ような気がする)のだが、 アーチスト本来のグルーブが失われてじつに退屈なアルバムにしか仕上がらない。 いいアレンジに恵まれなかったといえばそれまでだけど、いい年をしていつまでもやんちゃしてられない...大人の鑑賞に堪えうる音楽を、 という自省がそういうアルバムを作らせるのかも知れない。ファンにとってみれば、いつまでもやんちゃでいて欲しいのに...。 というより、ポップ・ミュージックはカジュアルで、極言すると使い捨て音楽であっても全然かまわない。 いいものは無理に残そうとしなくとも、自然と残る。 デビュー10周年をむかえ、過去の楽曲に自信を持ちはじめた山崎まさよしが二の轍を踏まないか、ちょびっと心配ではあった。

開演の5分前、緞帳の下ろされたステージの先端に並んだバリライトが(ウオーミングアップなのか...) いかにもそれっぽく上下左右縦横無尽に動いては止まる。かっこいいぞ。いよいよだな...。
照明が落ち、山崎まさよし本人のナレーションが流れ、 チェロの独奏が大音量でかぶさった。音が...なかなかよいではないか。緞帳がせり上がり、ステージを見上げてでんぐり返ってしまった。 ストリングス...何人いるんだ。せいぜいクインテットか、オクテットくらいだろうと思っていたのに。 指揮者が右手でキューを出すと、ストリングスの艶やかな大音量にからだが吹き飛ばされそうになった。 子どもの頃、社会見学でダムの大放水を見たことを思い出す。恐怖を感じるくらいの迫力だったが、瀑布の真ん中に虹が立っていたのが忘れられない。 気がつくと、山崎まさよしがステージの真ん中で「あじさい」を歌いはじめていた。 声が実によく伸びている。まさに虹...。PAの力を借りるライブでは、初めの数曲はどうしても音のバランスが悪いものなのだが、 この音の良さはどうだ。ぼくの心配はまったくの杞憂であった。

「やわらかい月」で 中村キタロー、江川ゲンタが登場。トリオバンドとストリングスのコラボがはじまる。 「ふたりでPARISに行こう」「メヌエット」 「Plastic Soul」...。アレンジはとてもいいと思った。 いい曲はあらためていい曲だと感じたし、あまりなじめなかった曲(「メヌエット」)も こんなにいい曲だったかと嬉しい発見をした。
ライブ前半の白眉は「水のない水槽」だろうか。キタローとゲンタがステージの両端にあぐらをかいて坐り、それぞれジャワのガムラン(と思う)、 インドのシタール(か、それに類する楽器)と神妙な顔つきで格闘している。 ふたりのキャラとの落差につい笑ってしまうぼくらオーディエンス...笑。 するとほどなくして、ストリングスが現代音楽っぽいグリッサンドや激しいピチカートをたっぷり響かせ、不気味な音のカオスで会場を黙らせてしまう。 なかなかの緊張感。ストリングスの面々も腕の見せ所だっただろう。いったい何がはじまるのか...キタローがすこしずつ曲のイントロを奏ではじめ、 ようやく正体が見えてくる。ちょうど灰色の雲間から、陽の光が射すような感じである。聴かせるなあ、と思った。

ストリングスの強みは、歌い手とおなじように「歌う」力があることだろう。歌手が言葉で歌うものを、ストリングスは言葉なしでしっとりと (パワフルに)歌うことができる。結果として、聞き尽くしたはずの楽曲がさらに深く美しい曲として胸に迫ってくる。 ぼくははまだ、トリオバンドでのライブは未体験。ストリングスがサポートすると知っていちどはがっかりしたが、 今回これほど充実したライブを聴かされると、ずっとこのスタイルで山崎を聴きたいと思ってしまう。

後半の「ぼくと君の最小公倍数」で、山崎はエリック・クラプトン?と化した。エレキによる、ごりごりのブルースギター。 嗚呼、これが聴きたかったっ! アリーナのオーディエンスは総立ちになる。 ここからストリングスは沈黙するのかと思いきや、ジャズっぽいダルなメロディでトリオバンドをサポートしている。 いいぞ、いいぞ。アレンジが素晴らしいじゃないか。ぼくの席位置がよすぎたのかもしれないけれど、 トリオバンドとストリングスはほどよく溶けあっていたように思う。水と油なんかではなかった...。

それから先は、完全にキレた。おなじみの「FatMama」、「ヤサ男の夢〜昼休み」のメドレー。 まさか聴けるとは思わなかった「審判の日」。そして「僕はここにいる」。 アンコールでは、ステージ下手に小さな4畳半風呂無しアパート部屋風のセットがあらわれ、トリオバンドの3人で小ネタ。 これはぼくの席のほぼ真ん前であって、3人と一緒に酒盛りをしているような臨場感を味わえた。 歌詞を知らないのにごまかしながら熱唱した「time after time」(シンディ・ローパー)には爆笑。 スタンド席、アリーナの後方の席のオーディエンスは何をやっているのかわからなかっただろうけど(この場を借りて、ごめんなさい...) とっても楽しかった。堪能いたしました。

今年4月の「OKST2005」では、会場のあまりの盛り上がりに「すげぇ...、すげぇ...」と独り言?をつぶいていた山崎まさよし。 今度のライブはこっちが「すげぇ...」とつぶやく番だった。これほど充実したライブは(クラシックを除外すると)もう二度と味わえないかも知れないな。 終了後、あちこちから「やっぱり10周年よね〜」という声がきこえてきた。どんなライブにもひとつやふたつケチをつけたいところがあるのだけれど、 今回は見つかりそうもない。

ちなみに、ストリングスを指揮していたのは(会場で初めて知ったのだけれど)服部隆之さん。 彼は『音楽畑』のシリーズで有名なトップアレンジャー、服部克久さんの息子さんである。 ということは、日本の歌謡曲の父的存在、服部良一の孫ということになる。 服部良一は、戦前から日本の映画音楽、流行歌で大きな業績を残した方だ。笠置シヅ子の「東京ブギウギ」、高峰秀子の「銀座カンカン娘」などなど。 日本のアルフレッド・ニューマンといってもいいかも知れない。

そういえば、山下達郎はかつて「新・東京ラプソディー」という曲を作り、昭和歌謡をささえた服部良一へのオマージュをささげたことがあった。 (「東京ラプソディー」の作曲は古賀政男) 曲そのものは山下達郎スタイルだが、 歌詞は古き良き東京を追想するウキウキしたイメージで書かれている気持ちいいナンバーだった。 さらににいうと、そのころ製作した『僕の中の少年』というアルバムには、ストリングス・アレンジを服部克久さんに依頼した曲が含まれている。
山崎まさよしのなかに、服部ファミリーの業績のことが頭にあったかどうかはわからない。しかし結果として、かつて山下達郎がこころみたような、 日本の軽音楽(死語?)の伝統と歴史を自分とつなげてみるこころみが、このライブで実現したように思う。

服部隆之さんのストリングスには、父や祖父が培った感性が受け継がれている。というのは、 今回あらためて山崎の楽曲に酔いながら、どこか昭和の匂いのようなものを感じる瞬間があったのだ。

「ヤサ男の夢〜昼休み」でのストリングスは最高だった。実にブギウギしてて...笑。こういうアレンジなら、 美空ひばりがノリノリで歌っただろう...と思うと(全然、美空ファンではないくせに)胸がいっぱいになった。 それだけのクオリティがこの曲にはある...ということに遅ればせ気がついた。 それならば「ふたりでPARISに行こう」は越路吹雪に...というのはちょっと無理がある? いずれにしろ、 服部隆之さんのストリングスには感動した。時代を50年さかのぼっても、たとえば「やわらかい月」は受け入れられるだろう。 50年後ももちろん、誰かが聴いているに違いない。

ぼくは今回のライブで、恥ずかしながら2度も落涙してしまいました。

「あじさい」と「ツバメ」である。とくに「ツバメ」は...ほんとうによかった。こんなに力強い「ツバメ」が聴けるなんて思ってもみなかった。 山崎まさよしのファンでよかったと思う。皆さまも是非、お聴きください。

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追記
++
長崎で『8月のクリスマス』(山崎まさよし主演、リメイク版)を見てきました。

残念ながら、とても他人におすすめ出来るような映画ではありません。山崎にも、その他スタッフ、キャストにも非はありません。 とにかく監督がヘボいのです...。あまりにもヘボ過ぎ。カメラは長田勇市さんなのに、まったく。
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by thatness | 2005-12-31 02:02 | 音楽_rock,others

靴屋

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ここはちょっとはいりづらい。
声をかけられるのが苦手。
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by thatness | 2005-12-29 22:49 | 写真

only once in a lifetime

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長崎、amu
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by thatness | 2005-12-27 01:22 | 写真

パッション

ジャン・リュック・ゴダールが、日本のアパレルメーカーの依頼を受けてテレビコマーシャルを監督したことがある。 忘れもしない80年代の中頃、就職した友達の寮に遊びに行ったとき、たった一度だけ、偶然にそれを見てしまったのだった。

きらめく太陽光線と、少女のシルエット。遁走曲のようにコラージュされたフランス語の響き。 なんだなんだこの映像は...と画面に釘付けになっていると、ゴダールの名前が出てきた。あの時ほど、時間よ止まれと思ったことはない。 わずか30秒、ひょっとしたら15秒だったかもしれない。 けれどぼくには2秒とか3秒にしか感じられなかった。光の散弾銃でぱん、ぱん...と胸を打ち抜かれた感じ。みごとな映画だった...。

後日、フランス語のテキストがゴダール自身の詩であることを知った。
手元にもう資料はないが、大意はいまでもおぼえている。


あなたがたである、パッション。
わたしたちである、パッション。

わたしという牢獄から魂の
ひとかけらを連れ出し解きはなつもの。


コマーシャルのために書き下ろした詩なのか、それとも映画『パッション』のための(膨大な)メモからの引用なのか...。 ゴダール本人だってもう忘れているだろうが...笑、いいフレーズだなと思う。 唯一いまでも謎なのは、主語が単数ではなく複数になっていることだ。あなたがたと、わたしたち...。 原文はどうなっているのだろう。死ぬまでわからないかも知れないが、 心の片隅に留めおきたいと思っている。古くても捨てられない帽子を、壁にかけておくように。

あのフィルム、もう一度見たいなあ。
映画館ではなく、小さなテレビの画面で。

思うのだが、テレビの箱形の形状は、まさに魂の牢獄と呼ぶにふさわしくないか...。 と、いいたいところだが、その形状はいつのまにやら、箱形からフラットな平面にとって変わろうとしている。 牢獄というより、鏡か...。コンテンツも、アナログ地上波からデジタル地上波へ。映画館の空間はまだまだ生き延びているのに、 ウイルス顔負けのテレビの急激な変化。ゴダールがつぶやいた「あなたがた」と「わたしたち」の真意も、テレビの変異とともに遠ざかっていく。
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by thatness | 2005-12-27 01:19 | 映画

福岡地下鉄・天神駅

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by thatness | 2005-12-22 21:25 | 写真

福岡・天神コア

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by thatness | 2005-12-15 00:09 | 写真

小日記

土曜日のライブ(山崎まさよし、アリーナ2005)の余韻からまだ醒めることが出来ないでいる。 書きたいことはいろいろとあるけれど、ツアーはまだ終了してないし(検索してヒットされる方もおられるので...)、 内容についてはあらためてレポートしたいと思っている。 とにかく、素晴らしいライブだった。きちんと書いておかないと、とても年を越せそうにない...。そんな気分です。

コンサートが始まるまでは、いつものように天神をぶらぶらして時間をつぶした。HMVやジュンク堂、丸善などなど...。 地下街はクリスマス商戦で大変なにぎわいだけど、CDショップや本屋さんは浮ついたところはない。 好きなアーチストのディスクや美術書を物色していると、2時間や3時間はあっというまである。 とくに現代美術関係のカタログは、質、量ともに圧倒的に洋書なので、丸善のアート関係の棚はなかなか楽しい。 お客さんも少ないので時間をかけて見ることが出来る。
ちなみに天神西通りにオープンした青山ブックセンターは店舗が狭く、書籍もデザイナーさん御用達という感じで、品揃えがまだ偏向している...ぼくにはいまいち。

洋書のカタログは値段が値段だけに、せっかく丸善に来てもなかなか購入とはいかないのが残念。だがたまに、バーゲン品で掘り出し物がある。 たとえば10月に来たときには、スペインのロペス・ガルシアの代表作を集めたカタログを2300円で買った。 土曜日に行ったときには売り切れていたので、まったく貴重な買い物だった...。宝物である。 ちなみに今回は、店内でやっていた国内の図録のワゴンセールの中から、ダニ・カラヴァンの回顧展と、 「森ニイマス」というネーミング(あきらかに宮澤賢治の引用ですね)の企画展(宇都宮美術館)のカタログを掘りだして購入。満足、満足。

丸善に来るとぼくはいつも、サイ・トゥオンブリーの高価なカタログに見入ってしまう。 バスキア、ボイスとともに、いちばん好きな現代美術のアーチストだ。 カンバスの作品、ドローイング、写真、どれも素晴らしい。丸善では買えないが、アマゾンでならすこし安く入手できる。売り切れにならないうちに、 どうしても手元においておかなくちゃいけない...。

福岡へ行くのは楽しいが、ほとんど電車での日帰りなので、どうしても天神で買い物をするだけで時間がなくなってしまう。 ここ数年、天神の商圏も北部から南部へと移動し、人の流れも変わってきているという。 タワーレコードがショッパーズから西鉄の駅ビルに移動し、岩田屋からヴァージン・メガストアが撤退して、ぼくの移動範囲もお陰様で狭くなった。 ほかの街も歩いてみたい。薬院や大名には、ユニークなギャラリーや古本屋さんがあるようなので、今度はすこし下調べをして歩いてみたいと思っている。

そうそう。福岡に行って困るのは、ひとりで気軽に食事を取れるお店を知らないことだ。 食事といえば、行きと帰りの電車の中でのサンドウイッチだけ。さすがに味気ない。 長崎に行ったら、浜の町の路地裏の洋食屋とか、思案橋ラーメンのお店とかに入り腹ごしらえをする。 どこかの裏通りに、おいしいラーメン屋かカレー屋さんはないものかなあ。
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by thatness | 2005-12-15 00:07 | ある日

冬の光

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by thatness | 2005-12-08 22:30 | 写真

ジョン・レノン『シェイヴド・フィッシュ』

昨晩。
仕事のストレスが溜まっているせいか、ひさしぶりに心理的にやばい状態になる。 処方してもらってるクスリを服用しているのに不安感をコントロール出来ない。過去のいやな記憶がつぎからつぎへとわき上がってきて、 胸に焼け火箸を押しつけられているような気分に襲われる。それでも、こういうときは家族と会うのを避け、 睡眠をたっぷりとれば回復するとわかっている。灯りをつけたままベッドにもぐりこみ、ごく小さい音量でジョン・レノンをぼんやりと聴く。 『シェイヴド・フィッシュ』。

ジョン・レノンを聴くなんて何年ぶりだろう...というより、どうして聴きたくなったのだろう。 『シェイヴド・フィッシュ』は、レノン存命中にリリースされた唯一のベストアルバムである。 「愛と平和のジョン・レノンも結構だが、狂気とロックンロールのジョン・レノンがもっと知られていい」といったのはロッキン・オンで執筆活動を続けている松村雄策さんだが、 このアルバムは「愛と平和のジョン・レノン」への偏向が無いので、とても愉しめる。

「コールド・ターキー」。最高である。

ローリング・ストーンズの「無情の世界」は傑作だが、ヴェルディやモーツアルトがすでにおなじものを書いていたかも知れない。 けれど「コールド・ターキー」は、ジョン・レノンにしか書けなかったというのは当然として、 ロックンロールだけが唯一到達できた境地という意味でもすごいもんだなあと、思う。 曲の後半の有名なスクリーミングは、「愛と平和のジョン・レノン」しか聴いたことがない方々には信じられない世界だろう。 一見支離滅裂に聞こえるあんな声が、何度聴いても飽きないし新鮮なのはなぜか。それは、美しいから...そのひと言に尽きる。
美しいというと誤解を招きそうだが(コールド・ターキーとは、薬物依存症患者の禁断症状のことを指すスラング)、 ジョン・レノンというひとはもがき苦しめば苦しむほど、無垢になっていく人だったような気がする。ジョン・レノンの狂気に、 暴力や悪徳の匂いは無い。新生児のような無垢を感じさせる狂気なのである。

聴いていたときには忘れていたが、今日(木曜日)は彼の命日である。日本では12月8日。現地では7日...。 何年かぶりで聴いたその日が命日の前日だなんて...。まあ、たんなる偶然でしょうけど。

そういえば彼が射殺されたというニュースを、ぼくは大学一年の時、下宿の部屋のラジオで聞いたのだった。 NHKの夜のニュース、「元ビートルズのジョン・レノンが...」ぼくはそのあとに 「多くのファンに迎えられ成田に到着しました」という言葉が続くものだと思っていた。 ソロになり、ほとんどライブをしたことのなかったジョン・レノンは、日本を皮切りにツアーを行なうと発表していたからだ。 それがまさかまさか...だったのである。

『シェイヴド・フィッシュ』は1975年にリリースされたアルバムで、収録曲も少ないが、とてもいいアルバムだと思う。 『ジョンの魂』と『イマジン』とあわせて、この世に生まれた以上聴いておいて損はない音楽としておすすめします。

もうひとつ、1974年の『ウオール・アンド・ブリッジ』も大好き。
スリーヴデザインには、彼が子どもの頃に描いた絵がそのまま使われているのだけれど、内側にすごい絵がある。 銃を構えて馬に乗っているインディアンの絵なのだけれど、アングルがとても変。松村雄策さんも書いていたが、子どもが動物を描くときは、 ほとんどの場合真横から見た姿になるはず。しかしジョン・レノン少年はなんと、正面から馬が突き進んでくるようなアングルで描いている。 銃口をわれわれに向けているインディアンはちょっと怖い。さらに絵をよく見ると、インディアンを乗せた馬は、目がひとつしかない。 顔の真ん中にたったひとつである。

ジョン・レノンとは、そういうひとだったのである。
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by thatness | 2005-12-08 00:16 | 音楽_rock,others