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he is sleepng.

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長崎、夢彩都
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by thatness | 2006-03-29 20:34 | 写真

小日記

3月の初旬から、右胸肋骨の下あたりに違和感があって気になっている。
仰向けに寝ると筋がひっぱられるような感覚があり、くしゃみをすると痛む。 或る朝、起床した途端に痛みが走ったので、たぶん寝違えて筋を痛めたのだろうと思うが、症状がなかなかおさまらない。 ちょっと不安になってきた。40才を過ぎてから、いちども精密な健康診断を受けたことがない。 体調は全然悪くないが、内科で診てもらったほうがいいかな...念のため。

市役所。雇い主の部署に出向いて保険証を返却。二重加入状態だった国保の還付手続きをしようと思ったが窓口は大混雑(...当然じゃ)。断念。
天気がいいので、バスに乗り駅へ。ショッピングモールをぶらぶらした後、新しく開店したコーヒーショップに入る。 店の雰囲気はスタバとかドトールとたいして変わらないが、立地がいい?(いまひとつ目立たない場所にある)ので空いていてくつろげる。 ストレートコーヒーを淹れてくれるのも魅力。

酸味のきいたモカを啜っていると、しみじみと自分が疲れているなあというのを実感した。 一年間、いろいろあったような気もするし、なんにもなかったような気もする。仕事は一所懸命やったし、ドローイングもがんばった。 後ろを振り向かず、自分を試しつづけた一年だったように思える。それなりに成果はあったはずだが、達成感よりも疲労感が先に立つ。

ふいに、コーヒーの脇に置かれた砂糖の塊に目がとまった。皿の上に、白い塊が3つ、茶色いのが1つ。とくに茶色い塊が気になるのだ。 コーヒーショップで砂糖に手が伸びるなんて、いままであっただろうか。躊躇しつつも、「塊を入れろ」という天声(...嘘です)に逆らう理由も見つからない。 適当にかき混ぜ、塊を溶かしながら甘くなったコーヒーを啜ると...美味しい。 茶色の塊が触媒となって、身体じゅうの細胞に化学変化を起こしたような、そんな気分。 錆が落ちるように疲れが取れ、じわじわと気力が湧いてくるのを実感する。

合理的な説明はできないが、白い塊だったら駄目だったかも知れない。 また、皿の中の塊がみんな茶色だったら、視界に入ることもなかったろう。白い塊の中の、たったひとつの茶色。 その組あわせに、大袈裟に聞こえるだろうけど、理力(フォース)を感じたのだ...。びびびび。この店に来るたびに、ぼくは茶色の塊をコーヒーに入れるようになるのだろうか。

「行動」をしよう、と思う。いままでは行動をするだけのストックが無かったが、もう若くはない。ストックがたまるのを待って行動を起こしてもおそすぎる。 来年のいまごろまでに、自分の名前だけを印刷した名刺が持てるといいなと思う。

それにしても、胸が痛い。ううむ。
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by thatness | 2006-03-28 13:57 | ある日

小日記

ようやく3月24日にたどりついた。
たのしい1年間ではあったけれど、最後の2週間は正直言って息切れした。 トップ集団にくらいついて走っていたマラソンランナーが、力尽きて脱落していく...みたいな。いちど後れを取ると、もう2度と追いつけない。

24日の深夜、帰宅して熟睡。それでも疲れは取れずに25日はベッドに横になってぼんやりと過ごす。今日になってようやく、気力がすこし戻った。

日曜日の朝、台所で仕事をする母のラジカセから、聴いたことのない弦楽四重奏曲が流れてきた。 旋律の美しさ、絡みあう音の線の緻密さ、モーツアルトやベートーヴェンと比べてもまったく遜色がない。なんと、メンデルスゾーンであった。 ...軽いカルチャーショック。トランジスタラジオを持って外に出、愛犬を遊ばせながら屋外でつづきを聴くことにした。

愛犬は、この音の出る小さなハコを見るのが初めてであって、警戒して近寄ることが出来ない。 耳をぴんと立て、しきりに首をかしげてなんだあこれ、という表情をしている...笑。 曲が終り、解説者(大御所、皆川達夫氏だった)のトークが流れると、びっくりしてラジオをまわりをぐるぐると回りはじめ...ばうばうばう、なのである。ぷぷ。

屋外で音楽を聴くときは、いつもトランジスタラジオである。
ウオークマンもずっと嫌いだったし、iPadにもあまり興味がない。 トランジスタラジオは、音質は薄っぺらでへなたれだけど、空を駆けめぐる電波をリアルタイムでキャッチする装置であるということ。そこがぼくには魅力的だ。

作曲家が18才のときに書いたという弦楽四重奏のためのフーガが流れてきた。 これほど純粋で無垢なフーガは、バッハにもベートーヴェンにも書けなかったのではないか...驚嘆、驚嘆。 トランジスタラジオを地面にじかに置き、どんよりとした曇り空に溶けていくフーガを聴いていると、宇宙の天井に触れたような気分になる。 同時に、空を見上げるぼくの意識もなにがしかの波動となって、宇宙サウンドというべき電波の海に飛び込んでいる...。 耳をヘッドフォンで塞いでいては、決してこういう感覚が呼び覚まされることはない。

宵の口。

愛犬を日課の散歩から連れて帰り、またぼんやりと空き地に座っていると、上空を黒いものがひらひらと飛んでいるのが見えた。 シルエットからみるに、小鳥ではない。たぶん蛾だ。 冬が去り、春が来たのを強く感じる。あの蛾もまた、宇宙からの波動を感じてダンスしているのだろうか。 モーリス・ラベルの『鏡』が頭の中から聞こえてくる...。
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by thatness | 2006-03-27 01:16 | ある日

抱擁

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福岡市美術館
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by thatness | 2006-03-22 14:50 | 写真

村上春樹氏を嗤う(『文藝春秋』06年4月号の記事)

村上春樹氏が『文藝春秋』誌最新号に、3年前肺ガンで亡くなられた編集者、安原顕さんについての記事を書いていることを知った。 いやな予感がした。お二人ののあいだにトラブルがあったことは知っていたので、気持ちのいい記事が読めるとはとうてい考えられなかった。 けれど、読まずに放っておく気持ちにもなれない。小見出しに「生原稿流失...」などという文字が踊っているではないか。 やはり目を通さずにはいられないのだ。

記事の感想を書く前に、安原顕さんについて、いち読者の立場からではあるがご紹介しておかねばならない。 村上氏の記事で安原さんのことを誤解されては困るなあ、という思いがある。

安原顕さんはおもに(もう死語だろうけど)「純文学」の作家たちと仕事をした名物編集者である。 中央公論社に在籍していたころは『海』、『マリ・クレール』を手がけ、村上春樹氏の翻訳作品、吉本ばななさんの『TSUGUMI』などを世に送り出す。 その後フリーを経て、メタローグを立ち上げ活躍。さらに作家や編集者を養成するライタースクールも開講する。 自らスーパーエディターと名乗り、メディアにも積極的に露出した異色の編集者、出版プロデューサー。

しかしながら、ぼくら市井の読書人にとっては、なんといっても眼力のある書評家、コラムニストとしての印象が強い。 安原さんはとにかく、読者を惹きつける書評やコラムをたくさん書いた。これはと目を付けた作品は、情熱的に褒めまくる。 しかし個々の作品は支持するが作家を手放しで褒めないのが彼流で、つまらなければ「クズ」と断罪する。新人だろうが、大作家だろうが手綱をゆるめない。

舌鋒はときに「暴走」し、眉をひそめるような文章もしばしばにあった。 とくに原稿依頼をシカトもしくは履行出来なかった作家への罵詈雑言は強烈で品位を欠いた。 ご意見に賛同はするが、作家への最低限のマナーもあるだろう、と呆れてしまう。 もっとも、相手がどんな大家であろうと容赦なくケンカを売る姿勢は、天晴だった。 品位の欠ける悪口ではあったが、安原さんはみずから出版社を立ち上げるなどやることはやってきた方なので、説得力がある。 大作家や大手取り次ぎにドンキ・ホーテ的な挑発を繰り返しながら、最後まで愚痴にならないのが頼もしかった。

安原顕さんは、期待する作家のいい作品が読みたい、その一心で仕事をされた方なのだと思う。期待を裏切られれば激怒する。 書き手の側に身を置きながら、心はつねに読み手の側にあったのではないか。文章に品位を欠くことがあっても、悪意はまったくなかった。 ただただ、いい小説、いい音楽(ジャズをとくに愛した)に飢えて飢えて、突っ走ってこられたのだった。

というわけで、今回の村上春樹氏の記事なのである。案の定、これはかなり後味の悪い...読んでしまった自分が口惜しくなるような記事である。

安原さんはたしかに、いつの頃からか村上氏の仕事をはげしい舌鋒で攻撃するようになった。もっとも、舌鋒の餌食になった作家はほかにもたくさんいたし、 毒舌は彼のトレードマークみたいなものでもあったので、正面切ってケンカを売る作家はほとんどいなかったと思う。 そういえば村上氏は、かつて安原さんのことを「放たれた熊」(アーヴィングの処女作のタイトルをもじったもの)と評したことがあり、これには笑った。 舌鋒にはユーモアで斬り返すセンス。しかし今回の記事には、そんな余裕はまったく感じられない。

書かれている内容は、おそらくすべて真実だろうと思う。安原さんは眼力のある編集者でコラムニストだったが、聖人君主ではなかった...あたりまえだけど。 今回の記事にあるように、安原さんは村上氏の自筆原稿を勤め先にも村上氏にも無断で自宅に持ち帰り、勝手に保管していた。 そして亡くなった後、善意の第三者(この場合ご遺族)の手によって古書店に流れてしまった。 事実そのものはまことに遺憾というしかなく、村上氏が不愉快になるのは当然の話だ。

しかし、である。安原さんはすでに故人であり、彼の責任をいまさら問うのは筋違いではないかとぼくは思う。 村上氏が説明を求め、事後処理を要求すべき相手は、安原さんが当時勤務していた出版社でなければならない。 というか、これだけの社会的地位を築き上げた作家である。こういう記事など書かずに、自腹を切って原稿を買い取る器量はなかったのだろうか...。
村上氏には、安原さんの攻撃へのエクスキューズという文脈を排し、モラルの欠けた編集者への警鐘として記事を書くチャンスがあった。 しかし彼はそうせず、当時者の実名を上げて事の顛末を記事にしてしまった。 実名をあげられて傷つくのは誰あろう、事情を知らずにブツを処分してしまったご遺族である。

もうひとつ、今回の記事でどうしてもゆるせない内容がある。

それは、安原さんがひそかに小説を書いていて、本名をかくして文学賞に応募しては落選しまくってたという過去の「暴露」である。 彼とつきあいのあった作家には周知の事実だったそうだが、いち読者であるわれわれはまったく預かり知らぬところであり、 これには思いっきり仰天してしまった。苦労して書き上げた作品を安原さんに「クズ」呼ばわりされた作家、作家の卵は枚挙に暇がないだろう。 舌鋒の矛先となった方々は憤懣やるかたないだろうし、自称スーパーエディターの正体見たりと、墓に唾をかけるような暴言を吐く輩も出てくるかも知れない。 なんともせつない話である。

それでもぼくは納得できない。没後3年もたっているのに、どうして故人の過去を「暴露」する必要があったのだろう。 記事の中で村上氏は、安原さんのことを本当は小説家になりたかったがかなわず、そのルサンチマンが作家への攻撃に向かわせている、 という主旨のことまで書いている。この発言はいくらなんでもアンフェアではないのか。才能ある作家がごまんとるわけではない。 小説家になりたくてなれず、編集者をしている(それでも作家を目指している)人間は安原さんだけではないはずだ。
こういうエピソードは、たとえば中央公論社で同僚編集者だった村松友視氏あたりが後日談として発言するならわかる。 しかしながら、海外でも評価の高いベストセラー作家の発言としてふさわしいものだろうか?  何万回毒舌を吐こうが、お前は小説を書けない、おれには書ける...それを言ったらゲームオーバーである。 どうひいき目に見ても、アンフェアな発言としか思えない。

ぼくは村上春樹氏の作品を「1973年のピンボール」を『群像』誌ではじめて読み虜になった。 「風の歌を聴け」を掲載した『群像』誌も手元にあり、もっとも早い時期のファンであることがささやかな誇りだったりもする。 3部作の作中人物「僕」は、20代の自分に大きな恵みを与えてくれたし、作者本人の人物像として昇華されてしまっている。 それは誤解だったのだろうか。今回の記事の書き手である村上氏と、あの素晴しい小説を書き上げた村上春樹との落差に、失望を禁じ得ない。

村上氏はこの記事で、自分は安原顕という人物から多くのものを学んだが、育てられた覚えはないと強い口調で書いている。それはそうだろう...。 村上氏はとてつもない才能と実績のある作家だ。安原さんとの邂逅がなくとも、現在の地位は築けたのは間違いない。 そんなことは読者はみんなわかっている。

没後3年経ち、故人の名誉を汚してまで心情を発露せざる負えない心理。 村上春樹という人物はかくも小心者なのか、文壇とは人間の基本的モラルも蝕む伏魔殿なのか。 どっちにしろ、いまの村上氏には、客観的な立場で進言できる人間がいないのではないか。 まるで、晩年の黒澤明監督みたいだ。日本での評価は下がる一方なのに、アメリカで高くなるところも似ている。

結論。
ヤスケンのファンは、この記事を読む必要はない。
村上春樹のファンは、読まないほうがいい。
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by thatness | 2006-03-22 11:27 | ある日

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by thatness | 2006-03-16 11:31 | 写真

世界を還元する力〜原田洋治郎詩集『生命』

原田洋治郎くんとは1980年に知りあった。ニーチェとローリングストーンズが好きで、美術や文学にも詳しかった彼にはいろんな事を教えてもらった。 以後、交友関係は現在に至る。

その時すでに、彼はすでに完成度の高い詩を書いていた。もっとも当時のぼくには、彼の作品を読み取る力は全然なかったのだが...。 ある時、作品の感想を求められ、「分かり易すぎるね」と間抜けなコメントをしてまったのをいまでも覚えている。 象徴主義の文学やシュールレアリスムが大好きだったぼくは、平易な言葉で書かれているというだけで、ポエジーがないと決めつけてしまっていたのだ...。 唯一の救いは、「なんとなく、大岡信の世界を感じる」と言ったら、とてもよろこんでくれたこと。 彼は大岡さんの詩が気に入っていて、そういえば誘われて講演会に行ったこともあった。 原田くんは楽屋に入り込み、ルーズリーフの切れ端に詩人のサインをもらったのだったが、まだ持っているかな。

さて、詩集『生命』。

この詩集は、原田くんが20代のころから現在まで書きつづけた作品の中から、本人が自選して収録したものである。 知りあった当初から「年を取っても詩を書きつづけられる人間はすごい」とよく言っていたが、果たしてそれは彼自身のことになった。 ぼくはといえば(10代の中ごろからしばらく散文や詩を書いていたが)早々に創作を放棄し、30代後半に再開してふたたび休眠期に入ろうとしている。

彼は書きつづけてきた。しかも、彼自身の知覚の体系というものを持っている。原点となった詩人(大岡信)はいるものの、そこから出発し、 独自の世界を開示しつづけてきた。彼が、彼の人生を生きながら書き、書きながら生きてきた結果である。彼の作品はいま、誰にも似ていない。

原田くんの詩は、いつも平易な風景、日記風の季節感を記述するところからはじまる。 しかし、画家が風景をスケッチして絵を仕上げるようには詩を書かない。 彼の言葉は、画家の筆先でも絵の具でもなく、風景そのものが還元された宇宙的なエネルギーといっていい。

たとえば、原田くんが川について詩を書いたとしよう。 彼はそこに、目の前に川があること、水が流れ、空が広がっていることを、自分の手(視点)で記述しようとはしない。自意識を離れなければけっして見えてこないほんとうの世界を、開示してみせる。 ただただ、川が流れている、それとおなじように自分がそこに存在している、すべてが平等に「生きている」ことのよろこびと神秘を、光や色彩のイメージを駆使して追体験させてくれる。

春爛漫の田舎道で、初夏の公園で、真冬のテニスコートで、彼がその場所、その時にシンクロさせた光や大気、色彩が、 そのままエネルギーとなって言葉へと還元される。どんな平易な風景にも熱と光があり、宇宙がある。宇宙と自己をリンクさせているのが「生命」である。 彼の詩を読むと、ぼくは滝壺のそばで水の飛沫を浴びているような気分になる。 言葉が、身体の細胞のひとつひとつに浸みわたり、癒されるのである。彼の言葉は、生命である。

 ++

生きること
それはこの宇宙の中で
呼吸すること
歌うこと

詩人 それは
生きるために歌うことだ
光を求めて

「生きる」より

 ++

歌うのは誰だろう?
死を前にした老人
世界を新しく歩む人たち
今 生まれてきた子供たち
歌を聞いている人たち
人は歌う時
この世界で生きる勇気を持つ

「詩人」より

++

原田くんはよく、大岡信さんの詩にしばしば出てくる波動というイメージについて語ってくれた。彼自身の知覚で「波動」をつかみ取ること。 その境地に作品を高めるために彼が実践したのは、徹底して言葉を吐き出すことであった。
読書会を主宰したり、さまざまな勉強会や心理学のグループカウンセリングにも積極的にかかわり、自己を、知識を洗いざらい吐き出してしまう。 そして、真空と化した自己に、新鮮な宇宙の息吹を充満させる...。世の中の詩と称するもののほとんどは自意識の発露か自己慰安に過ぎないとするなら、 原田くんの作品は、自己を超えた世界の見え方が開示されているすぐれた達成であるにちがいない。きれいに灰汁抜きされ、透き通ったほんとうの生命のスープが、そこにある。

ハイデガーは、「哲学とは、存在を言葉によって歌うこと」といったそうだが、原田くんは、まったくおなじ仕事のできる本物の詩人だと思う。 ぼくのいうことは決して大袈裟ではない。詩集『生命』を読んでいただければ納得していただけると確信する。

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by thatness | 2006-03-14 23:51 | 書物

生きるもののために歌う

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by thatness | 2006-03-11 00:01 | 写真

原田洋治郎詩集『生命』より

「詩人」

新緑
木々の美しい葉が風の中を揺れている
外から遠く子供たちの声が聞こえる

季節は夏へと変化する
私たちの心も夏へと動く
五月 青空は高く太陽は優しい
歌うのは誰だろう?
死を前にした老人
世界を新しく歩む人たち
今 生まれてきた子供たち
歌を聞いている人たち
人は歌う時
この世界で生きる勇気を持つ

どんな苦しい人生にも意味がある
なぜなら この世界には歌があるから
遠くから鳥たちのさえずりが
聞こえる
地球のどこかから


「街」

そこは街である
パズルを解くように私は歩いた
光の方向によってすべての影が変わる
不定形の営みに生は姿を映す

冷たい風の中を白い翼が舞った
海上のはるかに岸辺が見える
陽がのぼるころ
耳にかすかな響き
祈るように
または呼ぶように歌っている

時は静けさに目ざめ
空の色が変わる
そこは街である
朝 すべてのものが
動きはじめる


「秋」

空の球形のドームが落ちてくる
海の牙がくだけちる
光は遠のく
僕は歩みをやめ 樹の色は変わる
時をゆく箱船に乗れ この星を離れ
太陽系を巡り 青い夏の地平に出る
時計はひびわれた謎だ
そこは 時の扉の外
波の音に響け 僕の心臓の鼓動
夏の色が変わる 冬の風が来る前に
黄金色の空高く 跳び立つ
僕は虫にすぎない
にぎりつぶされた石の中から輝くサファイア
赤い樹木の葉が地上をつつむ
夜が来る前に狩りにいく
冷たい月の光は何も言わない空間にかかる
冬の風が来る前に行くべき所がある
時の弓をひけ 光の矢がゆく先


「12月」

北風が吹きぬけて
アスファルトの上を木の葉が舞っている
手のひらをさらさらとすべっていく光
苛立ちと空しさ
街角の白い炎に消えた戦いの記憶
歳月の流れ

僕らの歩く路上の鈍い光と遠い風の予感
僕らの空は低くたれこめた冬の色
走りはじめている人々はいるか?
わが身を燃やして飛び続けているものはいるか?

新しい朝 光に包まれて 僕らは
この空を両手ひろげてうけとめる


原田洋治郎プロフィール
++
1957年、大分県臼杵市生まれ。現在豊後大野市在住。
執筆活動に励む傍ら、画家として現在までにパルコギャラリーなどで個展を4回開催し、大分県美術展(アンデパンダン)には2回出品している。 その他「MY詩集」同人、日本トランスパーソナル学会所属、アムネスティ・インターナショナル会員など幅広く活躍。 心の対話者(国際コミュニオン学会)の資格を持ち、夢は美術教室を開くこと。

コスモス文学1991年1月号、エッセイの部佳作「言葉とメディテーション」
大分県短文学大会、現代詩の部佳作「サイ・パワー」
大分県短文学大会、現代詩の部佳作「詩人」

(上記作品、プロフィールの無断転載、引用はご遠慮ください)

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by thatness | 2006-03-10 23:56 | 書物

再会...かな。

夕方、ナナの散歩。

わが家へと至る石段を登っていると、茂みにタヌキが隠れていました。
10年以上前、亡くなった隣近所のおばあさんが餌付けしていたことがあったけれど、 まさかまた見られるとは。...ひょっとして、あの時の小ダヌキかなあ。親はどうした。

興奮する愛犬を押さえているあいだに、のろのろと土管の中へと消えていきましたが、 野生(というより野良かな..人を見ても動じないし)の動物と出会える機会は、まずないので、貴重な体験ではありました。(そういえば去年の今頃、ナベヅルの北帰行を超至近距離で目撃したんだった。あれは圧巻だった)

また会いたいな。
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by thatness | 2006-03-09 22:14 | ある日